star82’s blog

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日本文化とは?

NHKスペシャル

隈研吾2020への旅

www.nhk.or.jp

日本文化とは?

・さっぱり  料理人がよく口にする言葉 英語にできない  

・どっちつかずの曖昧さ 両方の立場の人を安心させる力がある

・ほっぽってもいい 本質を伝えるには、形にこだわらなくてもよい 

 

 

エニアグラム タイプ7について

エニアグラム タイプ7について

 「性格のタイプ」自己発見のためのエニアグラムより抜粋

 

潜在的な問題の本質は、鋭敏な頭脳であることから来る。

・自らの可能性と将来の行動を考えることは、自分のことを素晴らしいと感じさせ、起こるかもしれない不快な感情や不安を防ぐ。

・「体験」は人生の指針である。物質世界の味わい、色彩、音響、感触に浸っていると気分が落ち着く。

・望むもののすべてが自分自身の外、物事と体験の世界の中に存在するという事実がある。

・すぐに感じることができないものに対しては、ほんの少ししか興味を持たない。

・内省的でもなく、人間志向でもなく、体験志向である。

・世界は自分の楽しみのために存在し、欲しいものを自分のために自分で手に入れるのは自分次第であると、彼らは感じる。

・健全度が高いと、「体験」は深い満足を自分にもたらす源泉であり、意識がその環境において、何かを生み出すことに向けられるので、たくさんのことを上手にやることを学び取る。

・通常レベルでは、生産性から離れて、財産や体験をより多く持ち、それを消費することに移る。刺激の度合いの高い状態を保つことに忙殺される。

・自分のすることやすでに持っているものを正しく評価しないので、結局は過度な行動が幸せを彼らの手から逃してしまう。

ユングの類型論では「外向型感覚」タイプ。

・感覚=対象物によって条件づけられる。強い感覚の対象物に惹かれる。

・客観的事実に対するこのタイプの感覚は、並外れて発達している。

・積極的な、陽気な志向は、自分も周りも大きな幸せをもたらす。

・一方で、欲望が制御できないレベルになると、価値以上に体験に消費する。すべてにわたってより多く手に入れようとし、体験も楽しまなくなる。

 ・タイプ5は外界に対処する能力について恐れと不安を持っているので外界から引きこもるが、タイプ7はまるで逆で、「内面の」世界 悲嘆と喪失と不安に対処する自分の能力についての恐れと不安を持つ。その結果、外の世界に逃げ込み、それと充分に交流することを求めることによって、内面での感情の痛みに対処するのを避ける。

・自分を興奮させる着想や可能性に自分の注意を引きつけて、不安の程度を制御する。

・期待できる活動、つまり楽しめるとわかっている積極的な体験で自分の頭を満たしておく。

・不安が頭をもたげるたびに、新しい冒険、新しい書物、参加を目論んでいたワークショップ、刺激を呼ぶような新しい人間関係などで対応する。

・自分の不安に関わり合っていたくない。その原因を自分の人生の中で探りたくもない。そんなことをすれば、内面に引き入れられ、さらに不安になってしまう。

・活動による気晴らしが、不安を抑えつけてくれる。もっともっと体験に打ち込んで、不安に直面したり、不幸せを感じないですむようにする。

・そこで問題が起こる。これから得られる楽しみへの期待で頭を満たすほど、現在体験しつつあるすべてのこととの接触を失っていく。今体験しつつあることが実際に影響を与えることができず、本当に満足させることもできなくなる。

・健全なタイプ7は、生産し創造することの方により関心を注ぐ。通常のタイプ7は、消費して自分自身を楽しませることの方により関心を注ぐ。

・「退屈だ」と言うとき、実際は、自分に不安を感じさせないだけのエネルギーや刺激が身の回りに存在しない、と言っていることが多い。痛みの感覚や不愉快さが意識の中に上がって来そうになるので、「状況を変える」必要があると感じる。

 

ーーー(健全レベル)

レベル1 忘我の感謝を捧げる人

現実に充分な信頼を置き、環境に働きかけて何かを自分自身に供給させようとするのではなく、環境との接触に身を委ねるままにしていることができる。

頭の中のおしゃべりの「楽しさ」に逃げ込むのではなく、瞬間瞬間に自らの体験と共にあることができる。

人生の一瞬一瞬が精神的な糧と深い喜びの源となる。人生に存在する全てのものが自分を満足させるだけ充分にある。

現実を深いところで体験することで、ただ幸せになるだけでなく、恍惚状態になるので、現実をただ受け入れるだけでなく、あるがままに肯定する。

人間の神秘、その不確かさが自分にある印象を与えることを容認する。

人生の物質的な外面を越えて、何か形而上学的な真実の可能性に至るものを認知することができる。

 言葉も感情も越えた恍惚感。人生には、敬われ、尊敬されるべき何か神聖なものが存在すると、感じる。驚異の念に満たされ、感嘆に我を忘れてひざまづき、感謝と賞讃を捧げる。

自分を幸せにするとは考えもしなかったものの中にさえも、何か善なるものを見つけることができる。

人生の暗黒面すらも、生が死をもって終わるという事実すらも、もう怖れることはない。なぜなら、それもまた、喜んで受け入れる存在の一部だから。

人生を最も愛をこめて抱き締めることができるときこそ、人生に、そして、人生に存在するすべてのものに執着していない。

人生に条件をつけるのをやめる。(あの車が手に入ったら幸せなのだがなぁ)

自分を幸せにするものを待ち望むことに関わることをやめ、今すぐ手にできる贈り物と体験のすべてに感謝するようになる。

どの一瞬も自分の最も深い必要を満足させる可能性を持っているので、彼らは、体験や財産を手に入れるために無理をしない。

現実が枯渇することはあり得ないから、彼らの恍惚感、かつて経験したことのない最大の高揚感を何度も何度も体験できる。何もかもが充分に存在する。

 ーーー

レベル2 心に束縛のない楽天

今現在の体験を充分に吸収するというより、これからの体験に期待する。

幸せになる体験や事物をどのようにして手に入れるかを考える。

自らの体験の直接性から一歩引き下がり、その分、体験によって満たされることが

少なくなる。

自分を幸せで熱狂的であると思っている。多幸感を人生の目標にする。

活気、活発さ、生きる喜びは、人に伝わり、自然に周りの人は彼らの快活さのとりこになる。

頭の回転が早く、貪欲。多方面に好奇心を抱き、新しい物事を学ぶことを楽しむ。(タイプ5のように)

語学が得意で機知に富み、音楽、目にしたものの意味、色彩、形状、意匠、など、形式や構造を素早くつかむ能力に恵まれている。

抽象的な概念よりも、体験を考えることを楽しむ。

好き嫌いが激しいが、あらゆることに積極的で、考え方が若々しい。

避けられない挫折や失望から不死鳥のように立ち直ることができる。

レベル2にいると、きわめて自由な心を持つ。

特定の計画に固執することなく、「起きるままに体験する」ことを好むことが多い。

上手くできないことがあっても、困惑することがない。練習過程のいち面にしかすぎない。

世界との接触のひとつひとつが、彼らを活気づける。さらなる体験を受け入れる能力を拡大していく。

ーーー

 レベル3 実績を上げる万能選手

自分の幸せと興奮を保ち続けることができないのではないかと心配し始める。

並外れて生産的で創造的な人物となり、何か価値あることで他者に寄与する。

自分が力を集中したことではどんなことでも良い結果を出す成功者である。

多様な、実際的な題材を持ち、経験も多く、多くの関心分野が互いに影響を及ぼしあって好結果を生む。

新しい関心、新しい技能を、絶えることなく自分のものにしていく。

健全なタイプ7は、あらゆることに精通している。数か国語に通じ、幾種類もの楽器を演奏し、並外れて有能で、料理が上手で、スキーをするし、美術、音楽、演劇などさまざまなものに精通している。

自分の感激を他者と分かち合うことを喜びとする。

健全なタイプ7は、自分の活動に優先順位をつけ、限度を設けることができる。

ーーー(ここから通常レベル)

レベル4 経験豊かな世慣れ人

1つか2つのことだけに集中すれば、他のものを逃すことになると怖れる。

健全なタイプ7(レベル1〜3)は、生産し、創造することの方により関心を注ぐ。

通常のタイプ7(レベル4〜6)は、消費して自分自身を楽しませることの方により関心が向いている。

すべてをやれるだけの時間が人生にないことを嘆き、自分を幸せにしてくれると信じる物事や体験を持つ可能性を失うのではないかと怖れる。

携わっている活動が刺激的でなくなり、不安が起きるのを抑えられなくなると、落ち着きをなくし、もっと面白さを期待させる別の活動や体験に移りたくなる。そして、結局どちらも中途半端になり、満足が得られなくなる。

多くの体験を蓄積しようとする。最新の映画、最高級のレストラン、ワークショップ。リストをつくって楽しみ、それが増えることに満足することもある。

レベル4は、まだ生産的である。

新しく楽しい体験を絶えず重ねることを求めている。「全部欲しい」

それでも、そのどれからも期待したものが得られないように思える。

欲望が大きくなるにつれ、体験を正しく判断できなくなり、ただの消費者となる。

ーーー

レベル5 異常に活動的な社交人

一瞬たりとも動きを止めることが怖い。洗練さから離れて、絶え間ない活動に無制約に身を打ち込んで、自分を刺激し続け、それによって自己感覚を保つ。

「我行動す。故に我あり。」

素早く食べ、早口で話し、素早く考える。

活動的で、多忙でいるのが好き。

すべての性格タイプの中で最もおしゃべりで、頭に浮かんだことはなんでも口に出す。

人の話に耳を傾けないので、最も座談の上手な人ということにはならない。

強まってくる感情の痛みや不安を抑えつけるために一所懸命。

一つのことに長い間関わっていることがないので、何をやっても自分の体験から何かを汲み取るということがあまりない。

聡明であることが多いのに、何か価値あることをする好機を棒にふることがたびたびある。物事の表面に留まり、あちことに手をだす。

健全なタイプ7は、物事を達成する大きな力を持つが、通常のタイプ7は、上滑りの調子の良さに堕落してしまっている。

ある活動が集中力や努力を必要とするようになると、通常のタイプ7は、うんざりし、何か新しいものに向かう。

通常レベルでは、聡明で頭の回転が早いことが、不利に働く。稲妻のような速さで次々と連想を続ける。ブレストや楽しませることにおいてはよいが、四六時中、このような精神的な流動状態の中をうろつき回るようになる。

優れた着想、わくわくするような創造的な企画も、多くのことが頭の中にしまい込まれ、誰かがそれを処理しようと足を踏み込まない限りは、ほとんど日の目をみることがない。

健全レベルでは、自立的で、自分自身の冒険を考え出すのを楽しむ。他者が彼らに加わりたければ、ますます結構である。

通常レベルでは、自分独りになると生まれるかもしれない感情が怖い。独りになることを怖がる。冷やかし、冗談、行動過多などが、相手なしでは勝手が違う。自分に反応してくれる人が誰もいなければ、自分の活動の多くがどれほど空疎なものになっているかに気づく。

じっと座っていることができない。休憩中であっても。退屈するのを避けて、自分から娯楽を立ち上げる。

体験を消化吸収して自分のものにする力は、通常レベルでは、今やほとんど失われている。体験が自分にどのような影響を与えるか、主観的な要素をほとんど理解していない。

数多くの体験をするが、皮肉なことに、体験をまったく消化していないので、人間としてのおもしろ味がなくなる。未成熟で、ずっと幼稚になる。彼らといても他社はあまり満足できないので、人間関係の葛藤もしばしば持ち上がる。

ーーー

レベル6 行きすぎの快楽主義者

意識の世界に飛び込もうとすると、高まっていく悲嘆、怖れからものすごい精神的重圧を感じる。一度でも気晴らしや楽しみを与えてくれたことのあることならどんなことでも、もっとほしい!と要求する。自分の欲求はすべて即座に満たされることを要求する。

派手な消費、これ見よがしの見せびらかしが特徴。

貪欲がタイプ7の原罪であるが、極端に快楽を追求する。

肌が革のように見えるまで日に焼く。美容外科に行く。着飾る。厚化粧。宝石を散りばめる。

独りでいることを我慢できないので、自分の周りに他者を必要とするが、自分の楽しみに役立つ間は関係を保つが、役立たなくなればあっさり関係を絶つ。結婚は1,2年しか続かないかもしれない。

自分と同じように、他者も自分の面倒は自分で見るべきだと感じる。 非情である。

妊娠中絶をしたり、子供を養子に出すことを選んだりする。

刺激のもとになる、テレビ、外出、性、薬物にすぐに頼るようになる。

本当の幸福感が完全に欠けている。

健全なレベルでは「喜びの追求」だったのが、このレベルでは「痛みからの逃避」になっている。

ーーー(ここから不健全レベル)

レベル7 衝動的な現実逃避者

 ほとんどの時間を自分がしたいことをして過ごしているのにもかかわらず、不幸せで満足していないことに気づき、途方に暮れる。不幸せであることだけは知っており、自分を挫折させ、したいことをはねつけたと思われる人や物を、相手構わず激しく行動するようになる。

外見の楽しさも消え失せている。「楽しく遊ぶ」話をするかもしれないが、その声からは、激しい怒りがはっきりわかる。

覚醒剤や鎮静剤におぼれる可能性が非常に高くなる。

眠ることすら怖い。眠ると傷つきやすさに通ずる窓が空いてしまう。立ち止まりたくない。働きすぎて疲れることもしばしばある。

 タイプ5や6と同じように、ひどく用心深い監視人になる。

自分の衝動を抑制する力は全くないので、そのまま行動する。腹を立てれば何かを投げる。悲しければわっと泣き出す。

不安や攻撃、平静さを乱す感情に対応する唯一の道は、その感情に従い、それを直ちに吐き出すことしかない。

人生のほとんどを痛みと鬱状態を避けてきたので、いったん鬱状態になると衰弱が激しい。

早く痛みから逃げ出して、元気な状態に戻りたい。環境と再び繋がりたい。しかし、感情面であまりにも動揺しており、平衡の取れた状態での行動に戻ることができず、かえって躁的になる。

ーーー

レベル8 躁的強迫神経症の人

衝動性から躁状態へと堕落し、自分自身から完全に逃避する。

他のタイプよりは、結構機能しているという印象を与えるかもしれないが、環境と人間関係を完全にめちゃくちゃにする。

ほんの数分の間に、けんか腰の敵意から涙ながらの悔恨へと、感情高ぶるままに動く。

高揚し、世界の頂点に立ち、興奮のあまり目まいを感じる。大声で早口にしゃべり散らす。

不安を消し去るために動き続ける能力を失った時には、深刻な鬱状態となる。躁鬱病的防衛状態。

ーーー

レベル9 恐怖に取り憑かれた「ヒステリック状態」

身の回りのものを全て使い果たし、自分自身の基盤となるものがまったくなくなる。

絶えず行動することで抑制していた不安が、とうとう意識の中に入ってくる。しかし、今やすがるものもない。怒り狂った獣に追いかけられているかのように、怖れでヒステリーのようになる。うろたえ、わななく。圧倒的な不安に痛めつけられるがままになる。

正常な人が、悪夢の中でちょっとの間体験するような恐怖を、目覚めているときに体験する。

肉体的な耐久力の限界を超える。

タイプ7は外在的なものに動機づけられた生き方、体験と刺激を増やし続ける生き方に自分自身を委ねることが習慣になっており、その結果、自分自身と接触するためには何の用意もできていない。

最終的な「逃避」するための選択肢は、非常に限られている。

 ーーー

分裂の方向 タイプ7はタイプ1に動く

レベル4 発見したことの素晴らしさを他者が評価しないような時、話し方が熱心すぎてディベートになってしまう。わくわくする可能性を見つけ、それらを追い求める手段を手にいれたいので、無理にでも自説に固執するようになる。練習や宿題のような特別な活動をするのは、したいからではなく、するべきと感じるから。そこからさらに欲求不満や不安を感じ、楽しめることを今逃していると確信する。

レベル5 自分を抑制する必要があると感じ、自制的で頑固になる。バカ陽気で無礼な態度が突如として気味が悪いほどに真面目さに一変することもある。他者に対して無愛想。人間味がなくなる。相手が無能であると思える点に対してだんだん我慢ができなくなる。自分の必要が満たされないことで、タイプ1の怒りと憤慨が出てくる。

レベル6 非常に批判的になり、人に対しても、環境に対しても、完璧主義になる。喜びを感じられるものをほとんど見つけることができなくなる。

レベル7 敵意、憤慨。行動への柔軟性を失う。かつては喜びにあふれていた人間が、手に負えない人間嫌いになり、他者を嫌い、その人の最悪なところしか見えない。

レベル8 不安がもつ巨大な破壊力を食い止める必死の努力をするが、無駄となる。

レベル9 衝動的、暴力的、思考は妨げられている。殺人、自殺。

 

統合の方向 タイプ7はタイプ5に動く

 幸せを奪われることをもう怖れない。物事に徹底的に関わるようになる。体験を内面化させるので、自分の人生の中に、安定と安全を見つけるのに必要な心の支えを生み出す。

人生への感謝を感じるので、統合に向かうタイプ7は、それほどまでに自分を幸せにしてくれたものをもっと知りたいと思う。もはや世界を体験するだけでは充分ではない。もっと世界を知りたい。

注意の焦点は、自分自身(体験と直接的な幸福)から、自分を取り巻く世界へと移る。

あらゆるものの無欠性をもっと尊重するようになり、自分の個人的な満足を超えた目的のために世界があることを理解する。

世界を消費する人ではなく、世界について深く鑑賞する人となる。

感謝の念は、生きとし生けるものに対する驚異と好奇の感情へと花開く。

タイプ5に動いたタイプ7は、自分の体験に集中し、その努力に対して報酬を受け、味わう満足は途方もなく大きくなる。より深く現実を理解し、自分の中に現実が入り込むことを許す。

自分の少なからぬ技能と才能の全てをあげて、体験に関わる。

タイプ5に動けば、健全な熱狂心や生産性を失うことはなく、常に発揮する。

何か独創的なものを世界に提供することで、さらに生産的になることができる。

 ーーー

7w6 エンターテイナー 

陽気、子供っぽく、人を引きつけ、思慮分別がない。柔軟で可愛らしさがある。

対照的な特性の万華鏡。人の期限を取りながら、図々しく、傷つきやすいが気持ちが弾んでいて、気の向くままに行動するが頼もしく、大人であって子供っぽい。

タイプ6は人に合わせるのに対し、タイプ7は物事や体験に合わせて、自分自身の必要を満たす。互いにかなりの緊張関係にある。

どちらも依存性がある。タイプ6は他者からの承認と安全を見つけることに依存。タイプ7は、自分を幸せにするために環境に依存。

自分の独力で満足を見つけようとするが、一方では、他者にも刺激や幸せを補ってもらうことを期待する。

すべてのタイプの中で、最も社交好きで、社交性に富む。

タイプ7の大胆な探検の探求が、タイプ6の繋がりを通じての安全への欲求と結びつくことで、他者との出会いと交流を楽しむ人物が生まれる。

つらい体験を持っていても、疑いを許さぬ純真さと人生の素晴らしさに対する信念を失わないでいることが多い。

非常に創造的て、愉快な人物。7w8よりも、世界に対して肯定的な見方をする。(タイプ9に似ている)

健全であれば、タイプ6の規律、協調精神、大きな成果をあげる組織能力などを生かすことができる。

自分の楽天主義や快活さを生かして、他者と結びつき、親交を学ぶ。

通常レベル(レベル4〜6)では、w6から来る怖れがタイプ7の性向に火をつけて、焦点を失い、散漫になる。自信のなさ、という問題を抱えている。w8よりも自分の不安に気づいている。最後までやり遂げることについては、w8よりも面倒を起こす傾向がある。

他者からの承認が欲しく、 不安になることや独りになることが怖い。

恋人に対する期待が高く、愛されたいし、すぐ恋に落ちる。空想的な感情が消え失せると恋からすぐに覚める。愛することは強力な体験であり、その感覚を持つことが楽しい。

他者が自分の刺激への期待に応えてくれないと、不機嫌になったり悲観的になるw6の傾向が出てくる。

ーーー

8w7「現実主義者」

どちらも攻撃的タイプなので、非常に攻撃的な性格となる。極端なほどに強引で、熱心で、目標志向で、実際的で、野心的。元気にあふれ、熱狂的。物質的な成功を収める人が多い。統率力を持つ。際立って大人で、実際的で、事務的で、根気がある。

内面からの刺激や強いエネルギーを使って、自分の生活様式を強烈で活動的に保ち、周りにいる人たちをそれに巻き込んでもあまり気にしない。

一人でいることを怖がらない。自分の必要、期待、弱点をはっきり掴んでいる。

人生で自分が欲しいものを得られることを知っている。戦略的に考え、必要な方法や手段は自分のものだけでなく、まわりにあるすべてのものをすべて素早く組織し直すことができる。

私には仲間がいる

と唱えるといいらしい。しいたけ占いさんによると。

 

意味がわからなかったが、

ひとつピンときたことがあるので、書き残すと。

 

すぐに成長、意味があることでないと、不安になり、途中で投げ出すということが往々にしてある。たとえば、生命の勉強を昨日したが、それって、もう直接役にたたないんじゃないか、仕事にも、自分の成長にも、という気持ちが持ち上がってくると、集中力がなくなり、他に意識がいく。

ということを、自分の人生でずっと繰り返しているかもしれない。

 

それが、「仲間がいる」というと、緩和する。

不安なことは全部自分で解決する必要はない。パートナーがいて、仕事仲間もいて、遊び仲間もいて、家族がいて、ご先祖様がいる。

そう思うと、

あら不思議、一見関係ないと思うことにも、落ち着いて取り組めるようになる。

 

もうひとつ、しいたけさんが言っていた。

今週のあなたは、「関係ないと思うことにも、取り組んでみなさい。」

 

なるほど。

すごいな、しいたけさん。

生命とは何か 人間とは何か 私は何か

生命とは何か

 

・3つのグループ 真核生物、古細菌真正細菌に分かれ、分化したと考えれられていた。

 

古細菌は、見た目は真正細菌だが、DNAレベルではどちらかというと、真核生物に近いらしい。近いといっても先祖ではないが。あと、エーテル脂質という膜でして、強酸性の池とかにいるのは、こやつらしい。)

 

・パンドラウイルスという1マイクロメートル以上もあるウイルスが見つかった。遺伝子数が2556個と膨大。93パーセントが発見された生物やウイルスの遺伝子と一致しない。(インフルエンザウイルスは8個 細菌はスクなくても480個の遺伝子がある)

・第4のグループがあったのではないか。

 

古代の地球を漂っていた化学物質(窒素や二酸化炭素)が、宇宙線の影響か雷の影響で、たまたま集まって、アミノ酸になり、アミノ酸が凝縮されてタンパク質になり、またたまたま自分を複製できるRNAになり、それがDNAになり・・ 膜を作り、古い単細胞の生物がうまれ、細菌、古細菌、真核生物とわかれていって、、また進化して、、、

DNAがちょっとずつ変わっていき、受け継がれていき、生き延びたDNAの世界が今であり、その中の一生物が、人間となる。

不思議不思議な物語。

幸せとは

教「幸せに生きる力を育む」ものとして「幸せ」の定義付けをしたいと想い、探求。

幸せランキングも、鵜呑みにできない感覚がある。国によって幸せの定義が違うだろうに、土台の価値観が違うだろうに、同じものさしで比べられるのか。

 

以下、大石繁宏「幸せを科学する」から抜粋 

 

・アメリカではウェルビーイングを人生の満足度と共に、「幸せ」「喜び」「ワクワクドキドキ」といった肯定的感情の頻度、「悲しみ」「怒り」など否定的感情の欠如で計測。

・一方、ドイツは、否定的感情をたくさん経験してきた人が、人生の終わりには英知を備える。理想の人生=悲しみや苦しみを味わい、そえrを乗り切ってきた人という概念。

・フランス「馬鹿さ、身勝手さ、健康」が幸せの三大条件。ただし、馬鹿さがないと無意味。(小説家 ギュスタブ・フローベル)

ラテンアメリカ諸国では、肯定的感情を持つことを理想的な人生とみなす人がアメリカよりも多い。

・アメリカや北欧は肯定的感情の頻度が、人生の満足度と高い相関

一方、東アジア、東南アジア、アフリカ諸国ではそれほと高い相関性はない。つまり、肯定的感情なしで人生に満足を感じる。

https://pdfs.semanticscholar.org/5288/92b6b30bbe0a709ea0619410f53c1b71472e.pdf

・ロシア「幸せは、無垢で、はかないもの」幸せは子供だけが感じる感情である。幸せは一時的な現象である。

・アメリカ「幸せは自分の力で達成可能である」

アリストテレス「エウデモニア」=一時的な快楽や幸せな気分を意味するのではなく、人間に特有な理性の機能を善く働かせ、自分の能力をフルに生かした人生を送っているかどうか。かつ、いくつもの優位な生活環境が整っているかどうか。友やパートナーと友に好きな行動を行うことが一番幸せである。

「どんな人格者でも、妻や息子に早死にされた人物は幸せな人生を送っているとはいえない」とも言っている。

プラトン「不幸なことが家族に起こったとしても、その人が道徳的人生を送ったのであれば、その人が真に人間らしい、幸せな人生を送ったと評価すべき」(個人主義的幸福観の先駆け→カントにつながる 20世紀欧米でのアリストテレス離れに。)

 

幸福 = 幸せ ➕ 福によってもたらされる

・ 幸せとは運任せな部分もあり、かつ壊れやすく、脆いものである。(ナスバーム教授)

・第三代アメリカ大統領 トーマスジェファーソン「幸福の追求」というスローガンを掲げる。受動的要素を忘れる一因に。

・快楽さえ得られれば幸せなのか? ロバートノージック教授による経験マシーン。

 人間は単に快楽や幸福を感じていればそれでいいのではなく、何か自分で積極的に経験しないことには存在意義を見出しえない生き物なのであり、自ら何かを達成したうえでの快楽や幸福感でない限り、意味はない。

 

東洋哲学における幸せ

 ・孔子論語儒教の四書の筆頭  孔子にとっての幸せは、安心され、信じられ、慕われて、はじめて得られる穏やかな心境。

アリストテレス 個人の能力を探しだすことがギリシャ人にとっての第一課題。自分の内面に。自己発見から全てが始まる。

儒教 年長者を観察し、模倣することから学習が始まる。徳を身につけていく。

アリストテレス 幸福な人生の達成方法は千差万別。

一方、儒教は、万人が努めれば達成できるというひとつの理想の人生像が描かれている。天賦の才能を発見し伸ばすというより、仁、徳、礼を身につけようとする態度が大事。

儒教は、理想的な社会にもつながる。個人レベルと社会レベルの理想が調和している。

仏教「無我の境地」「諸行無常」滅びるものを滅びないと信じ、執着するから苦しくなる。

ヴァージニア大学ジョナサンハイト教授 仏教の考えに共感しつつも、最終的には幸せにはなれない。何かに情熱を注げなければ、人生は生きるに値しないというアリストテレス的前提がある。

 

・アメリカ人と台湾人の「幸せ」の違い

アメリカ・・ドキドキした気持ち 非常に強い感情
台湾・・穏和な気持ち バランスのとれた感じ
 一見、西洋化した若者ですら、仏教的な感情を望ましいと感じる。

 

ウェルビーイングの捉え方の違い

アメリカ・・自分の力で生きていけるような資質を持っていることが核心にある

独立心があり、何か特別な能力があり、かつ見知らぬ人と友人関係を容易に作れるような社交性を持っていること。そして何より自分が存在価値のあるポジティブな人間であるという自己認識が重要。

日本・・自分には弱点があるが、全般的にはポジティブである。普通の存在である。

京都大学生の84パーセントが自分は「普通」

スタンフォード大学生の96パーセントが自分は「特別」という自己評価。

 

アメリカ・・独立的自己観 日本・・協調的自己観